2015年07月

2015年07月17日

ご報告

imageFacebookフレンドの方にはお伝えしておりましたが、私naoは離婚をして、神戸に戻って来ました。
(元夫、青木晋太郎さんが気を悪くしてはいけないと思い彼以外のフレンド向けに投稿していました。が、理由はどうであれ自分がされて嫌な事はやめておこう…と、すぐ全Facebookフレンド向けの投稿に変えたのですが、この件で不愉快な思いをされた方がいらっしゃったようなのでこの場を借りて謝罪させていただきます。申し訳ございませんでした)
ジャッジアとキラヨシ、そして優和という3人(2匹と1人)の子供と一緒に、これから大好きな神戸で生きて行きます。

最後、東京駅で晋太郎さんはずっと笑顔で手を振っていました。
ゆーわんも笑顔でパパに手を振っていました。
私はバカみたいに泣いていました。
なんでこんな事になっちゃったのか…
どんな事も全部必要な経験で、この出来事から私はちゃんと成長できるはずだから…
前を向いて…
笑顔で…

神戸での日々は慌ただしく、なかなか落ち着きません。
子供を連れての離婚というのはこんなに大変なものなのか、と痛感する毎日。
だけどシングルマザーとなった今、甘えた事を言っているヒマはなく、とにかく陶芸を再開してゆーわんを養って行かなければいけない。
…と思っていたら、黄斑変性という目の病気を患ってしまった私。
物が歪んで見えるので、このままでは陶芸ができないという状況になってしまいました。
失明の可能性もある病気らしいので見えているだけでありがたいのですが、陶芸できなくなってしまったら、どうしたらいいんだろう。。
なんでこんな事になっちゃったのか…
どんな事も全部必要な経験で、この出来事から私はちゃんと成長できるはずだから…
と、また同じ事を考えてみたり。
あーチキショー治してやる!
絶対治してやる!!
と心の中で叫んでみたり。
体も心もなんだか忙しい毎日。

病気には必ず原因があります。
で、いろいろ調べてわかった事は、いろんな事が重なり合ってこの病気を患ってしまったんだなって事。

人間の精神力の限界をはるかに超えた陣痛という名の拷問の後、人間の精神力と体力の限界をはるかに超えた出産という体験、そしてこれまた人間の精神力と体力の限界をはるかに超えた子育てという名の終わらない修行…
突然、私の所へやって来たこれらの経験は、ベジ歴10年目とはいえ40歳を過ぎた身体には少々過酷だったのでしょう。

加えて、慣れない関東での暮らしによるストレス。
神戸生まれ神戸育ちの神戸っ子、京都で生活していた事はあるものの、のどかな埼玉という土地は、私には向いていなかったようです。
本当にとても良い所だったのですが。。

そして元夫の青木晋太郎さんがアスペルガー症候群だった事も私を苦しめました。
彼が悪い、という意味ではありません。
彼は一生懸命、私と優和を支えようと努力してくれました。
その事に、私は今でも本当に感謝しています。
誤解を恐れずに言えば、彼はアスペルガー症候群ゆえ、あの天才的な音楽の才能を持っていたのではないか、そう思っています。
でも、だからこそ、私は今でも彼が天才だと心から信じているし、今でもやっぱり誰よりの青木晋太郎ファンなのです。
だけど、助けを求めても会話が成立せず、感情の交流も一切望めない、一緒にいてもいつも独りぼっちな毎日…
それは実家の親兄妹も昔からの友人も誰もいない慣れない土地で、初めての子育てをする私には耐え難いものでした。

2人の娘である優和に対する彼の態度もまた、私を苦しめました。
もちろん彼に悪気なないのですが…
私が頼めば、彼は娘を抱いてくれましたが、頼まなければ1週間でも1ヶ月でも、彼女に指一本触れなくても、それどころか顔を見なくても、平気なようでした。
同じ屋根の下で暮らしていましたが、私とゆーわんがパパに会えるのは1日のうち1時間もないのが当たり前。
一緒に眠らない。
一緒に食べない。
それは彼(と彼の実家のご家族)にとっては普通の事なんだそうですが…

私はいつもいつも、優和と2人きりでした。
ジャッジアとキラヨシもいたけれど、知らない土地で自分はいつも独りぼっちの気分でした。
会話のできる大人が誰もいないので、いつもジャッジアとキラヨシとゆーわんに話しかけていました。
とても…寂しかった。
家族3人と2匹で仲良く暮らしたかった。。
ただ、それだけだった。。。

気が付けば、離婚。
バタバタと、引越し。
そして神戸へ戻って来て4日後、突然世界が歪んで見えるようになってしまったのでした。


幸か不幸か、身も心も疲れ切っていても、いくらでも母乳が出る私。
完全母乳でスタートし、西原式育児の影響で離乳食の開始はだいたい1歳になってから、そして1歳半になった今も食事の半分以上が母乳のゆーわん。
1年半も母乳という名の血液を毎日たっぷりあげ続けていた事も病気の原因のひとつかもしれません。
それでも、母乳は完全栄養食だと言うし、授乳の時間は私と彼女にとって何よりの楽しい幸せな時間だし、私はできる限りゆーわんにはおっぱいを飲ませ続けてあげたい、と思っていました。
ところが、大学病院で眼底造影検査というものをを受ける事になり、それをすると2日間は授乳ができないそうなんです。
自分の身体に副作用が出るのは我慢できるけれど、まさかゆーわんにまで被害が及んでしまうとは…
検査の日を4週間後にしてもらったので、残念だけどそれまでに卒乳を目指し、間に合わなければ、断乳という、ゆーわんにとっても私の身体にとっても辛い選択をせざるを得ない感じで…
はぁ…

なんだか全然まとまりのない、しかもかなりの長文になってしまいました。
最後までお読みくださった皆さん、ありがとうございます。
それから関東の皆さん、そして青木晋太郎さん、今まで本当にありがとうございました。
お世話になりました。

写真は少し前のゆーわん。
私の作品でルイボスティーを飲んでいます。
ゆる龍のおちょこは、彼女に言わせると「るー」の「っぷ」(龍のコップ)。
ゆーわんは今日ちょうど1歳半になりました。
日々成長する彼女とともに、これからも前を向いて歩いて行きます。
これからも、どうぞよろしくお願いします。

task06009 at 23:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote その他