2008年07月03日

つばさ

23d76ac3.jpg小学2年生の時、私は転校生というやつになりました。

当たり前のように周りにいた知った顔の仲間達の中で元気いっぱいだった私は、新しい土地(といっても同じ神戸市内だったんですが)で知らない顔とどう接して良いのか解らず、突然独りぼっちになってしまいました。

新しい土地では中学に入るまでひたすら学習塾に通わされる、あまり楽しくない毎日。

そんなある日、翼君が亡くなったと聞かされました。
白血病だったそうです・・・

小学1年生の時の席替えは変わっていて、自分の好きな異性と一緒に座れるシステムになっていました。
教室の後ろに女子が並ばされて、男子が好きな女子を選んでペアになり一緒に座る。
次の席替えの時は男子が後ろに並ばされて、女子が好きな男子を選ぶ、という、今では考えられないような方法で行われていた席替え。
そんな席替えでよく一緒に座ったのが翼君。
恥ずかしそうに私を選んでくれた小さな翼君を今でもよく覚えています。
私から翼君を選んだこともありました。
初恋とかそんなんじゃないけれど、たぶんお互い好意を持っていたと思う。

そんな翼君がまだ10歳にもならない若さでこの世を去ってしまい、もう彼に二度と会うことはないと思ってずっと生きてきた私。

ところが、34歳になってまた翼君に会うことができたんです。

母と三宮へ出かけた時、あるギャラリーの油絵の前で突然母が立ち止まり、中から現れたのが翼君のお母様。
不思議な再会でした。
もちろん私は翼君のお母様の顔なんて覚えていません。
たまたま母と北野坂を歩いた日に、たまたま翼君のお母様が展覧会をされていて、たまたま母親同士が顔を覚えていた・・・

先日、翼君のご自宅へお邪魔し、仏壇の前で手を合わせることができました。
懐かしい写真、引っ越して以降の私の知らない翼君の写真、辛くて最後まで見れなかった入院中の写真・・・

生きている者にとって『死』は避けられないもの。
しかし『死』をどうとらえて良いのか、いまだに私にはわかりません・・・


『ばんてら』のオーナーである高野先生は信楽高原鉄道の事故に遭い、助かった1人です。
同じく『ばんてら』のメンバーであるウッチーはJR宝塚線の脱線事故で友人を数人失い、自身は1本早い電車に乗ったから助かったという女の子。
信楽高原鉄道の話しを聞きながら辛そうなウッチーに先生は言いました。
「私達はね、生かされてるんだよ。みんな、生かされているんだよ」


翼君の家から帰る時、翼君が入院中に持っていたという牛のぬいぐるみをいただきました。
ネジを回すと美しいオルゴールの音が聴こえ、ゆっくりゆっくりと牛が首を回す、とても素敵なぬいぐるみです。
どんなに辛くて痛くても
「これがあったら眠れる」
と翼君は言っていたそうです。


人がつばさを与えられる時期はそれぞれ。
私にいつ、つばさが与えられるのかはわからないけれど、精一杯生きようと思う。
なんか陳腐なセリフだけど。
まだまだやるべきことがある気がする。
正しいと思った道を一生懸命歩もうと思う。



さて、なんだか重い話題でしたが、7月の予定です。
ちょっと遅くなってしまって申し訳ありません。

今月も毎週月火曜日は『京都伝統工芸館』で陶芸絵付け実演をしています。
4(金)11(金)20(日)27(日)は『ばんてら』で店番をしています。
皆さん、京都へお越しの際はぜひ遊びにいらして下さい。
あ、『京都伝統工芸館』では
「nao.に会いに来ました」
の一言をお忘れなく。


京都伝統工芸館
ばんてら


task06009 at 14:19│Comments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote その他 

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